Q&A

これまでに寄せられた質問 回答
なぜ村議会議員を目指したのですか?  地域全体の観光振興をよりよく発展させるためには、政治と行政の力が必要です。小笠原ホエールウォッチング協会で環境保全に配慮した観光振興(エコツーリズム)を推進する仕事をしていましたが、政治と行政の壁を頻繁に感じていました。また、公共事業に頼る小笠原経済の変革や子育て支援の必要性を日頃から感じていました。これらの課題を解決するためには、他人に頼るのではなく自分が議員になるしかないと思いました。そのため、小笠原ホエールウォッチング協会を辞めて村議会議員に立候補しました。
選挙戦で組織・団体から票をもらったと噂されていますが本当ですか?  全くのデタラメです。根拠のない憶測で噂を流されて本当に迷惑しています。選挙戦の前に関係機関の理事さん等に出馬の意向を伝え、「もし村議になれたら村づくりに協力してください」とお願いしていたのは事実ですが、集票をお願いしたことも集票の依頼を臭わすような発言をしたことは一度もありません。組織や団体に選挙活動を手伝ってくれと言ったことも、お願いしたこともありません。選挙期間中でさえ、側近の支持者の方にも集票をお願いしませんでした。選挙戦では票読みをせず、支持者名簿も作らず、電話によるお願いも一切せず、街頭で政策を訴えることだけに専念しました。
 残念なことに小笠原では様々なメディアを通して、根拠のない憶測による噂話が蔓延することが多々あります。良識ある村民の皆さんは、そのような噂話に惑わされないよう、お願いいたします。
選挙費用はどのくらいかかりましたか?  初めての選挙は総額で約2万5千円程度です。選挙のために新たに購入したのは、私製はがき(5720円)と画鋲・両面テープ(1155円)くらいです。紙やラミネート、選挙カー用のスピーカーとマイクは仕事で使っているものを転用しました。スピーカーとマイクは出力が小さすぎてあまり役に立ちませんでしたが。。。その他、母島への旅費が2名分(11000円)と選挙カーのガソリン代(3000円程度)、ポスター写真撮影代(5000円)です。ウグイス嬢は私がすべて担当しました。選挙管理委員会に届け出をした金額は17375円でした。候補者本人の交通費とガソリン代は経費に入れる必要がないので、より少ない金額となっています。常識的に考えても村議選とは言え、破格な費用です。しかしほとんどすべてを家族で手作りしたので、お金はかけなくても時間はかなりかかりました。でも、落選していたら「選挙をなめるな!」と叱られていたでしょう。二期目、三期目の選挙は2万円程度です。
与党ですか?野党ですか?  私は与党でも野党でもない、村民の味方である村民党でありたいと思っています。ただ、議会と行政は、
「お互い牽制しながらも調和を図っていく」
ことがより良い村づくりには必要だと考えています。議会は行政のチェック機関という位置づけもありますが、それだけではありません。議会と行政がお互いの立場で政策を議論し、より良い政策を実行するお手伝いをする役割もあります。そのような意味では与党的な活動をすることもあります。しかし、時には行政の活動をチェックするときもありますので、野党的な活動をするときもあります。与党か野党かという視点ではなく、村民の視点に立って活動することを心がけています。
すでに他の議員さん達に取り込まれているとの噂がありますが。。。  出馬を表明した当時から支持者の方々には
「議員は一人で活動するよりも、同じ考えを持つ仲間を増やして活動した方が村づくりをスムーズに進めることができる」
と、公言していました。
議会での議決は良くも悪くも多数決で決まります。マニフェストを実現し、より良い村づくりを進めていくためには、より多くの議員さん達に自分のやりたい村づくりを理解してもらう必要があるのです。
そのため、議員さん同士で意見交換したり、交流を深めたり、時には議論を深めた上で政策協定を結ぶことも当然あり得る話です。このようなことで「取り込まれている」という否定的な見方をする村民の方もいらっしゃいますが、私はより良い村づくりのためには同じ政策を持つ議員同士の仲間づくりは必要不可欠だと考えています。
A議員の子分なのか?  A議員とは私が小笠原に移住した頃から懇意にさせてもらっており、政治の枠とは全然関係のないビリヤード仲間でもあり、妻を小笠原に導いてくれた恩人でもあります。小笠原エコツーリズム推進委員会時代、当時事務局員兼委員だった私から見ると委員長だったA議員は仕事上の上司でもあり、委員としては同僚でもありました。私の政策の基本は小笠原エコツーリズム推進委員会時代に作成した「小笠原エコツーリズム推進マスタープラン(全戸配布済み)」ですが、A議員と私はこのマスタープランづくりに深く携わってきました。また、委員長だったA議員のかばん持ちをして、国や東京都に陳情や挨拶回りをし、共に村のために汗を流した関係でもあります。つまり、A議員と私は議員になるずっと前から、村の基本政策について深い議論を交わし、時には政策論争で大げんかをしながらも行動を共にし、今後のより良い村づくりを目指してきた盟友です(大先輩に対して失礼な表現かもしれませんが。。。)。
(関係者で事情をよく知る人たちに回答する必要があるので、実名公表する必要はないと考えます。)  このA議員と私の関係を揶揄して
  「一木は所詮、A議員の子分」
  「A議員に取り込まれている」
  「A議員から30票もらっている」←もちろんデマ
  という噂話を聞くことがあります。
  子分と揶揄されても構いませんが、子分と見られる背景には、村づくりのために政策論議を長年積み重ね、お互いの意見や個性を尊重し、村づくりの施策を共に実行し、政治の枠を超えた信頼関係があることをご理解ください。
議員報酬はどの程度もらっているのですか?  議員報酬は私の場合で月に176000円です。共済掛金、所得税が引かれた手取りは月に139000円です。6月期末手当の手取りは257927円、12月期末手当の手取りは282105円です。世間一般で噂されているような政治家個人への政務調査費や交際費は一切支給されません。年収にすると約220万円となります。もちろんこの報酬額では十分な政治活動も、家族を養っていくこともできませんので、「地域資源研究所」という会社を経営しながら妻にも働いてもらい、一般の仕事、公務、政治活動をしています。
議員の仕事は年間何日程度ですか?  議員の仕事は議会、委員会、行事などの公務と、普段の政治活動の2つがあります。公務をするためには普段からの政治活動が必要ですが、この政治活動で働く日数は議員によって様々です。おおざっぱですが現在の私の場合、平日1日8時間が政治活動、4時間が自らの商売。休日は4時間が政治活動、2時間が自らの商売です。
議員の身分は?  村議会議員の身分は、村の特別職の公務員で任期は4年です。議員の身分になると就職という扱いを受けます。小笠原ホエールウォッチング協会を退職後、私は失業者扱いでしたが、数週間後に議員として就職をしたため、失業保険は1円ももらえませんでした。失業後、すぐに議員として就職をしたので再就職手当ももらっていません。また、議員として就職後に開業したので、開業の助成金も国からもらえませんでした。